Google広告とInstagram広告。
設定して、配信して、数字を見るところまで、今回はすべて自分でやっています。
広告の仕事を30年くらいやってきましたが、一つの店舗の広告を最初から最後まで自分で触っていると、改めて思うことがあります。
広告の結果って、分かったようで、実はよく分からない。
今の広告は、驚くほど細かく数字が出ます。
表示回数。
クリック数。
クリック率。
クリック単価。
リーチ。
動画の再生数。
3秒再生。
最後まで見た人。
数字だけなら、いくらでも見ることができます。
でも。
数字が細かくなればなるほど、答えまで分かるのかというと、そうでもありません。
Instagramでは見られる。でも、クリックされない。
今回、Instagramでは短いリール動画を広告として配信しています。
配信を始めると、すぐに1,000人以上に広告が表示されました。
「おお、結構見られるな」
と思いました。
ところが詳しく見てみると、3秒以上見た人はその一部。
最後まで見た人は、さらに少ない。
そして施設ページへのリンククリックは、今のところほとんどありません。
では、何が悪いのでしょう。
動画でしょうか。
最初の3秒でしょうか。
コピーでしょうか。
そもそもワークスペースに興味がないのでしょうか。
井土ヶ谷という場所では、その需要自体がそれほど大きくないのでしょうか。
数字は出ています。
でも、答えはまだ出ません。
Google広告ではクリックされる。
一方、Google広告は少し違います。
「コワーキング」
「コワーキングスペース」
といった言葉で検索している人に広告を出しています。
Instagramほど大量には表示されません。
でも、クリックする人がいます。
ここで、同じ「広告」でも役割がまったく違うことがよく分かります。
Instagramは、まだ探していない人に見せる広告。
Googleは、すでに探している人に出会う広告。
頭では分かっていたことですが、同じ施設で同時に動かしてみると、その違いが数字として見えてきます。
これは面白い。
では、クリックされたら成功なのか。
もちろん、そんなに簡単ではありません。
広告をクリックして、施設ページを見た。
でも、来店しなかった。
では、そのとき何が悪かったのでしょう。
広告でしょうか。
施設でしょうか。
料金でしょうか。
営業時間でしょうか。
立地でしょうか。
競合でしょうか。
それとも、
「そこを使う理由」が、それほど強くなかったのでしょうか。
広告管理画面だけを見ていても、そこまでは分かりません。
広告は、失敗すると言い訳できる。
広告の仕事には、少し不思議なところがあります。
結果が出なかったとき。
「市場環境が悪かった」
「商品に問題があった」
「価格が高かった」
「Webサイトが弱かった」
「競合が強かった」
いくらでも理由を挙げることができます。
しかも、その多くは本当に間違いではありません。
売れない理由は、広告以外にもたくさんあるからです。
だから広告は、失敗すると言い訳ができます。
そして成功すると、自慢できる。
逆もあります。
売れた。
問い合わせが増えた。
来店が増えた。
すると、
「広告施策が成功しました。」
と言いたくなります。
でも、本当に広告のおかげなのでしょうか。
商品が良かったのかもしれません。
口コミが広がったのかもしれません。
季節やタイミングが良かったのかもしれません。
もともと来るつもりだった人が、たまたま広告を見ただけかもしれません。
失敗したときだけではありません。
成功したときだって、本当の原因は簡単には分からない。
広告とは、そういうものなのだと思います。
広告は、答えではなく手掛かりをくれる。
だから最近、広告を自分で運用しながら感じているのは、
広告は、答えを出す装置ではない。
ということです。
ただし、何も分からないわけではありません。
どこで人が止まったのか。
何に反応したのか。
何には反応しなかったのか。
広告は、そうした手掛かりをたくさん残してくれます。
その手掛かりを見ながら、
仮説を立てる。
少し変える。
また見る。
また考える。
たぶん広告運用とは、その繰り返しなのだと思います。
最後は、広告の外を見る。
クリック率を上げる。
動画の再生率を上げる。
クリック単価を下げる。
もちろん、それも大事です。
でも、実店舗の場合、それだけで人が来るわけではありません。
最後に考えなければならないのは、
なぜ、その人はそこへ行くのか。
ということです。
広告が悪いのか。
施設が悪いのか。
利便性なのか。
価格なのか。
体験なのか。
それとも、まだ「行く理由」が伝わっていないだけなのか。
広告の数字を見ながら、最後は広告の外まで考える。
そこまで含めて、来店設計なのだと思っています。
そこへ行くには、理由がある。
広告は、その理由を伝えるための手段のひとつです。
でも、広告そのものが「行く理由」になるわけではありません。
だから広告は難しい。
でも、だから面白い。
今回の井土ヶ谷の広告が、この先どうなるのか。
まだ、まったく分かりません。
うまくいくかもしれない。
うまくいかないかもしれない。
そして、うまくいかなかったときに、
何が悪かったのか。
そこを考えるところまで含めて、今は少し楽しみにしています。
