商業施設の喫煙所が、どこも殺風景に見える。

一人で煙草を吸いながら、手持ち無沙汰にしている人がいる。

だったら、イベントのポスターやおすすめ店舗の情報を掲示すればいいのではないか。

そんなことを書いています。

今読むと、ずいぶん勝手なことを言っています。

でも、考えていたことは、今の仕事とあまり変わっていません。

見ていたのは、喫煙所ではなく、そこで過ごす時間だった。

当時の私は、商業施設の喫煙所をよく利用していました。

記事には、自分を「ヘビースモーカー」と書いています。

喫煙所そのものに興味があったというより、そこで人がどう過ごしているのかが気になっていたのでしょう。

一人で煙草を吸う。

ぼんやりする。

携帯電話を見る。

数分ではあっても、そこには立ち止まる時間がありました。

人が足を止める場所なのに、何も伝えていない。

それを、もったいないと思った。

いま振り返ると、私は壁の空きを見ていたのではなく、人の時間を見ていたのだと思います。

広告を貼れる場所が、広告媒体になるわけではない。

壁があれば、ポスターは貼れます。

モニターがあれば、動画も流せます。

でも、貼れることと、見てもらえることは別です。

そこにいる人は、何をしているのか。

どのくらい滞在するのか。

視線はどこへ向くのか。

その時間に、どんな情報なら邪魔にならず、役に立つのか。

そう考えて初めて、その場所に広告の役割が生まれます。

喫煙所だから広告媒体になるのではありません。

人の行動と、その場所で生まれる時間を見て、伝え方を考える。

順番は、そちらなのだと思います。

もちろん、本当に効果があったかは分からない。

2008年の記事では、「非常に効果が高いんじゃないか」と書いています。

ただし、実際に喫煙所へポスターを掲示し、効果を測った記録ではありません。

現場を見て思いついた仮説です。

掲示しても、誰も見なかったかもしれない。

煙草を吸う時間に広告など見たくない人もいたでしょう。

情報を増やすことで、かえって落ち着かない場所になった可能性もあります。

思いついたことと、効いたことを混同してはいけない。

昔の文章だからこそ、その違いも含めて残しておきたいと思います。

媒体が変わっても、空白の時間はなくならない。

2008年から、ずいぶん時間が経ちました。

喫煙環境も変わりました。

携帯電話はスマートフォンになり、立ち止まった人の視線は、壁よりも手元へ向くことが多くなりました。

だから、昔と同じようにポスターを貼ればいいとは思いません。

でも、人には今も待つ時間があります。

エレベーターを待つ。

料理を待つ。

電車を待つ。

受付を待つ。

その時間に何を見て、次にどこへ動くのか。

考える対象が喫煙所でなくなっても、販促の問いは残っています。

30年以上やっても、最初に見るのは人の動き。

広告の仕事を30年以上続けてきました。

使うものは、ずいぶん変わりました。

ポスターやチラシだけではありません。

Google広告、Instagram、動画、Googleマップ。

新しい媒体が次々に出てきます。

でも、媒体を選ぶ前に見るものは、昔から同じなのかもしれません。

人は、どこで立ち止まるのか。

そのとき、何を考えているのか。

何が分かれば、次に動けるのか。

2008年の私は、それを喫煙所で考えていました。

2026年の私は、店舗、施設、検索画面、SNSの中で考えています。

場所は変わりました。

けれど、人の動きを見てから広告を考えることは、あまり変わっていません。

たぶん、これが私にとっての販促なのだと思います。

この記事は、SCSPで2008年12月7日に公開した本人の記録をもとに、2026年時点で振り返ったものです。当時の喫煙環境や表現をそのまま現在の推奨とするものではなく、掲示施策の効果も確認していません。

今回の記録

MEO、広告、SNS。どの手段が必要か決まっていなくても構いません。

いまの状況と、行く理由から一緒に整理します。

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