それでも、いまだに分からないことがあります。
人は、なぜそこへ行ったのか。
最近、井土ヶ谷にあるワークスペースの広告を運用しています。
Google広告を出して。
Instagram広告を出して。
リール動画を作って。
ポスティングもして。
数字も見ています。
表示回数。
クリック数。
CTR。
CPC。
動画の再生数。
昔に比べれば、ものすごい量の数字が見えるようになりました。
広告を出したあとに何が起きたのか。
かなり細かいところまで分かります。
でも。
その人が、なぜそこへ行ったのか。
そこになると、急に分からなくなる。
数字はある。でも答えはない。
Google広告でクリックが増えた。
Instagramの動画が何回も再生された。
検索広告のCTRが高かった。
それは事実です。
でも、
「広告を見たから利用したのか」
「駅から近かったからなのか」
「個室があったからなのか」
「たまたまその日に仕事をする場所が必要だったのか」
そこまでは分かりません。
広告の数字を見ながら、
「この施策が効きました」
と言いたくなることがあります。
というか、広告の仕事をしていれば、そう説明しなければならない場面がたくさんあります。
クライアントからすれば、お金を払っているわけです。
「で、どうだったんですか?」
と聞くのは当然です。
こちらも何か答えなければならない。
でも本当は、
分からないことも結構ある。
昔から、広告マンは悩んでいた。
デジタル広告がなかった頃は、もっと分かりませんでした。
新聞広告。
雑誌広告。
チラシ。
交通広告。
ポスター。
テレビCM。
広告を出した。
売上が上がった。
さて、広告のおかげなのか。
それとも別の理由なのか。
正確には分からない。
だから広告マンは、仮説を立てます。
こういう人に届いたはずです。
この表現が効いたと思います。
この媒体との相性が良かったのではないでしょうか。
結果を見ながら、それらしい理由を考える。
少し意地悪な言い方をすれば、
分からないものを、分かったように説明してきた。
僕自身にも、そういうところはあったと思います。
もっと乱暴に言えば、
「うまく説明して、クライアントに納得してもらう」
ことも、広告会社の仕事の一部だったのかもしれません。
もちろん、全部が嘘だったわけではありません。
経験もある。
データもある。
仮説もある。
でも、仮説は仮説です。
本当の答えを知っていたわけではない。
デジタルになれば、全部分かると思っていた。
Google広告やInstagram広告が出てきて、広告はずいぶん変わりました。
何人に届いた。
何回表示された。
何人がクリックした。
いくらかかった。
細かい数字が、リアルタイムで見えます。
昔より圧倒的に分かることは増えました。
だから最初は、
デジタルになれば広告の効果も全部分かるようになる。
そんな気がしていました。
でも実際に自分で広告を運用してみると、そうでもない。
数字が増えただけで、
人の気持ちまで見えるようになったわけではない。
むしろ数字がたくさんあるからこそ、
分かった気になりやすい。
CTRが高い。
CPCが安い。
動画が見られた。
確かに大事です。
でも、その先にいる人が何を考えていたのかは、まだ見えません。
だから、本人に聞く。
井土ヶ谷の広告をやっていて、最近思うことがあります。
結局、
利用している人に聞くのが一番早いんじゃないか。
どこに住んでいるのか。
何のために使っているのか。
どうやってこの場所を知ったのか。
なぜここを選んだのか。
何が良かったのか。
逆に、何が足りないのか。
すごくアナログです。
広告はこれだけデジタルになったのに、最後は人に聞く。
なんだか面白い。
ただ、それだって簡単ではありません。
アンケートを取ったからといって、本音を全部書いてくれるとは限らない。
本人だって、自分がなぜ選んだのか正確に説明できないこともあると思います。
選択肢をこちらで用意した瞬間に、答えを誘導してしまうこともある。
だから、
聞けば答えが分かる。
というほど単純でもない。
そこへ行くには、理由がある。
t-styleでは、
「そこへ行くには、理由がある。」
という言葉を使っています。
最近、この言葉の意味を少し違う角度から考えるようになりました。
広告で来店理由を作る。
魅力を見つけて、磨いて、伝える。
もちろん、それもあります。
でも、その前に、
すでに来ている人は、なぜそこへ来たのか。
それを知ろうとすることも大事なんじゃないか。
広告屋が勝手に、
「きっとこれが理由だ」
と決めるのではなく。
数字だけを見て、
「これが効いた」
と決めるのでもなく。
本人に聞く。
現場を見る。
スタッフの話を聞く。
数字を見る。
仮説を立てる。
また試す。
それでも、全部は分からない。
たぶん広告の仕事って、ずっとそうなのだと思います。
答えを見つける仕事というより、
答えに少しずつ近づいていく仕事なのかもしれない。
30年以上やっていますが、
まだ答えは見つかっていません。
たぶん、これからも完全には見つからない。
だから面白いのかもしれません。
